わたしの病気の話
何度かツイートしているのですが、今回は詳しく掘り下げようかなと🏥
気を遣われたくないし、疑問に思うことはズバッと聞いてほしい!
(わたしは気を遣われちゃう方が悲しいかも…)
もうすぐ社会人2年目だ〜、というところで病気が見つかり10ヶ月休職することになります👇🏻
中学3年生の頃にぎっくり腰と診断されたことがあります
ハードル走をしていたら、バキッ!って音がして歩けなくなったんです
近所のクリニックに行ったら、ぎっくり腰ですね〜とかるーい感じで、私自身も笑い話にしていました
腰痛はどんどん悪化して、日によっては歩くのもやっとの時がありました
部活にも影響が出ていたけど、当時精密検査をしに行くという選択肢が浮かばず、腰椎コルセットを巻いたりして気合いで乗り切っていました
19歳〜20歳で寝られないほどの腰痛が不定期でやってきます
痛みで寝ることができず、ソファで一晩を過ごしました
整体にも通っていましたが、まっっっったく良くならず……
それでも、おかしいなぁと感じることはなく、困ったなぁくらいの軽い気持ちでした
21歳の時、物忘れが気になって職場近くのクリニックに行きました
頭のMRIを撮ったことがなかったので、これを機に撮ろう!となり、MRIデビュー
後日、結果を聞きに行ったら脳室が大きくて気になると言われ大学病院に行くことになります
大学病院では、たしかに大きいけど経過を見てだんだん大きくなるようならやばいから、半年後にまた撮りましょう、とのことで経過観察になりました
それから1〜2ヶ月後、歩く時に右足だけ足音が違うことに気づきます
そして、階段を登る時に右足に力が入りづらいことに気づき、だんだん不安に……
脳のこともあったし、と地元の脳神経内科を受診
脳は問題なさそうだけど、一応腰のMRIを撮っておこうかと提案され、どうせヘルニアだよな〜と思っていたら、脊髄腫瘍が見つかったんです
大学病院に逆戻り
とんでもないスピードで診察室に呼ばれたと思ったら、即MRIを入れられます
なんかおかしいのかな?と思っていたら、脊髄腫瘍が多発していることが発覚します
職場でその知らせを電話で受け、泣きながら上司に説明をしました笑
(あの時は毎日泣いたなぁ)
いろいろ省略しますが、検査入院・手術入院・合併症管理入院とものすごい日々を送りました
2020年4月に脊髄腫瘍摘出術を2回
6月に髄液漏閉鎖術を1回
9月〜11月に放射線治療を行いました👨🏻⚕️
粘液乳頭状上衣腫
髄液播種
腰髄に2つ、胸髄に3つ腫瘍がありました
脳に腫瘍ができたら、出来どころが悪いと死ぬみたいです
もう最悪でしょ?笑
右足に後遺症が残りました
最初はリハビリしたら良くなる、と言われていましたが、途中でもう良くならないと言われました
今、やっと気持ちの整理がついてきたところです
いつか歩けなくなるかもしれない
だんだんと悪くなる症状で察してきました
今はそれを受け入れるための準備期間かな
〔脊髄腫瘍〕
10万人に1-2人の発症率の病気です
難病指定はされていません
21歳の時に突然障害者になって、世の中への見方が変わりました
こんなに過ごしずらいのかって
障害者の私が学ぶ福祉
入院中にいろいろ考えて出した結果です
私はまだ23歳
可能性は無限大なので、悔いのない人生にしたいです
死ぬ時に後悔しても後戻りはできないからね!
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